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『ものづくり』小さくてもキラッと光る

事業所詳細

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有限会社エニシング

有限会社エニシング
  • その他
  • 新小金井駅
主要品目帆前掛け
帆前掛け ショートサイズ
前掛けかばん(男女兼用)
前掛けかばん(女性向け)
そのほかの商品
Tシャツ
住所〒184-0012 小金井市中町1-7-29
代表者西村和弘
問合わせTEL/042-401-6982    FAX/042-401-6986
ホームページhttp://www.anything.ne.jp/index.html

PRメッセージ

●Tシャツから帆前掛け作りへ
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武蔵小金井駅から歩いて約10分、はけの森美術館近くに、三角屋根の店が佇んでいる。入り口には自転車と腰掛けがくつろぎの空間を紡ぎ出しており、店内に入ると商品の帆前掛けとTシャツとスタッフが楽しそうに来客を迎えてくれる。ここ有限会社エニシングは帆布の前掛けやTシャツを企画製造販売している会社だ。社名のエニシングは、前掛けを通じて、ご縁(エニシ)が次々とつながっていく(ing)仕事をしていきたい、という意味が込められているように、西村社長が築き上げてきた事業は、人とのつながりが織り成してきた物語と言ってもいいかもしれない。創業者の西村社長は、祖父の代まで広島でパン屋を営む商売一家に育ち、子どもの頃から自分で商売を立ち上げることを志していた。大学在学中に、1年間アメリカに遊学し、卒業後は大手菓子メーカーに就職、5年間勤めた頃に時期到来とばかりに退職・独立する。出会い1 創業塾で学ぶ創業の第一歩として、東京商工会議所の創業塾に2ヶ月間通った。この塾で出会った講師は、一人の経営者として、サラリーマンの意識では事業はできないことを教えてくれた。覚悟が必要なことを突きつけられたが、夢に向かっていくことは楽しみで仕方がなかったと西村社長は当時を振り返る。講師とは独立後も相談する関係となった。開業資金はサラリーマン時代に節約して貯めた。最初に手がけたのがTシャツの企画販売だ。開業資金が少なく取り掛かれること、印刷により差別化ができることから、商売の勉強をするための事業として選択した。出会い2−上野のプリント工場ある日、横浜のフリーマーケットでTシャツを販売していると、2人の若者が来て、「Tシャツを作っているなら、このプリント工場に頼んだらいいよ。」と1枚の名刺を置いていった。名刺に記載されていたのは上野のプリント工場の社長だった。半信半疑で、西村社長は訪ねてみる。これを機に、毎週訪問してアパレル業界の動向等商売のことを教わる。事業も販売量が増加し、商品点数も増えていった。出会い3−豊橋の前掛けとの出会い「職人魂」とプリントしたTシャツのデザインを前掛けに施してみた。すると、ネット販売での問合せが増え、「会社の名前を入れた前掛けを作って欲しい。」という依頼が来たので作成したところ、大きな反響があった。商品化を考えるが実際に前掛けを作っている工場で製造現場を見ないと責任ある営業ができないと考え、前掛けの生産者を探す。全国各地の商工会議所等に問合せをするが、前掛けの生産量は昭和40年代を境に下降の一途を辿っており、全国の製造工場が次々と廃業、産地として無くなっていることが分かる。出口が見えなくなっているところに、知り合いから染めの学会で出会った前掛け職人を紹介される、それが豊橋伝統の三河木綿を使った帆布生地刺子本染めの帆前掛けづくりの職人である。気付くと豊橋に向かっていた。日本で前掛け作れるのはここしかなかった。中国から安価なものが入っていたが、質感がまったく異なっていた。これが前掛けかと一種の衝撃を受ける。この人達と一緒に前掛けを作り、多くの人にも知ってもらいたいと思った。豊橋に通い、2年をかけて前掛け作りを学びながら商品を作りあげた。出会い4−世界の前掛けを目指して2006年、前掛けの販売数が増える中で、世界への発信を考える。また気付けば前掛け15枚を持ってニューヨークの日本食レストラン、居酒屋さんなどへ飛び込み営業をしていた。この時の出会いから、NY紀伊国屋本店1か月の前掛けギャラリー(展示会)を開催することが決まる。そして、2009年、豊田前掛け振興会の職人さんたちと一緒に、ニューヨークに乗り込む。前掛けのプレゼンテーション、発表、展示、トークショー、書道家とのコラボによるパフォーマンスを実施し、その後も毎年1回のニューヨークで展示会が継続している。出会い5−ネットがつなぐ織機メーカーとのつながりメールマガジンで、豊田と前掛けの関係をアメリカで発表することを報告した。読者の中に、豊田織機の社員がいて、豊橋で使用している織機は昭和24年に作られた豊田織機の織機であることが分かり、豊田織機の織機が前掛けに使われているとは思いもよらなかったと、双方にとって新たな嬉しい発見となった。こうして豊田織機の方とのつながりが紡ぎだされた。出会い6−小金井への移転 2006年に両国から小金井に店舗を移転。大学時代を過ごした多摩地域で、本当に縁のある人に来て欲しいとの思いから、駅前から少し離れたところに店を構える。小金井で仕事をしていると余分な雑音が入らないから良いと西村社長は言う。小金井市では、市の50周年事業でポロシャツを作った後、こきんちゃんグッズのコンペに参加・当選し、前掛け生地で作った「こきんちゃんバック」が商品化第一号商品となり、現在も販売している。

●仕事、ものづくりへの思い−産地の魅力に気づく
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西村社長の軌跡には節目節目に人との出会いがある。西村社長自ら、すべてはえにしが続いていく、人と人のつながりですべてが生まれてくると語る。豊橋の前掛けに出会ったのではく、豊橋の職人さんとの出会ったことが大きかった。彼らが持っている高い技術力とともに、前掛けを共同で製作し、みんなで喜びを分かち合い、遊ぶときは遊んで、仕事をする時は集中してやる職人の粋な生き様や家族や人との触れ合いを大切にする産地での生活のあり方が琴線に触れた。

●ものづくりを伝えるための役割を考える
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職人さんの技術や製品は、まだまだ一部の人にしか理解されていない。「面白い。いいな。」と感じてもらうとともに、お金を払ってもらわないと広がらないし、残っていかない。需要を生み続け定着させることが重要であり、そのために必要なサービスを追求することが役目と考える。そういう点から、自分達の仕事はスポークスマンであり宣伝部長だと西村社長は言う。前掛けという、日本の文化であり伝統をプロデュ−スをしていくことが一番面白い。誰も手掛けていない仕事なので、責任をもってやらないといけないとの自負心を心に刻み付けている。

●もう一つの重要な役割−ものづくりネットワークづくり
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もう一つの役割は、受注を増やし、地域に生産の仕事を分配し、地域のものづくり構造を維持発展させることだ。現在は、愛知県豊橋市の織工場、墨田区の染め工場、小金井、吉祥寺の縫製に外注しており、継続的に仕事を出すことをポリシーとしている。そのような中、日本の伝統的なものづくりを守ろうとしている人たちの交流が始まっている。日本のTシャツ、日本酒、醤油づくり、鍍金屋さん、製本業等の人達との交流の機会が生まれており、取組みを発展させていこうとしている。

●仕事への思いが変化、今後の展開に向けて
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以前は早く何億円といった売上げを上げて、どんどん企業を大きくすることだけを考えていたが、心が通うものがないと量を売っても仕方がないと気付く。それがやりたいことではない、販売量を増やすことは結果であると考えるようになった。商売人としてはいい経営者でないかもと西村社長は笑う。長期的には、日本をいい国になったねと言いたいので、住んでいる人が元気な日本を作っていきたいと語る骨太社長である。日本の伝統が培った技術やものづくりに光を当てるヒントがここにあるかもしれない。商品に関心のある方は小金井のショップの他ネットhttp://www.anything.ne.jp/index.htmlで購入ができる。

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